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定演まであと少し!(6/28)

今日は先週に引き続き、佐山先生とのピアノ合わせ練習がありました。人生は夢かと歌う「夢の意味」、恋愛ドラマのようなポップス…。奈良市北部会館のホールに、美しいピアノと歌声が響きました。
リンテはコンサート前以外は、ピアノのある曲もいつもピアノ無しで練習していますが、ピアノと合わせると歌が変わります!
リンテが選曲のメインにしているア・カペラの曲ももちろん大好きなのですが、ピアノのある曲もまたよいなあと思う今日この頃です。
今回の定演の前売り券はすでにほぼ完売とのこと。満席のお客様にどんな演奏を届けられるのか、本番がとても楽しみです!(T)

練習曲:Greetings、にじ色の魚、さびしいカシの木、鐘鳴りぬ、松径、春のうた、祖母、桃色の貝、僕の胸でおやすみ、なごり雪、サボテンの花~青春の影、夢の意味全曲、Ave, maris stella、Ave maris stella 花も花なれ・人も人なれ

 

2026年06月28日

細川ガラシャの足跡を訪ねて その2(6/21)

細川ガラシャの足跡を訪ねて~大阪市中央区 越中井、カトリック玉造教会~

千原英喜「Ave Maris Stella~花も花なれ、人も人なれ~」の題名にもなっている細川ガラシャ辞世の歌。今回は彼女がこの歌を詠んだといわれる場所に行ってきました。
 明智光秀の娘、玉(ガラシャ)の運命は、父が本能寺の変を起こしたことにより大きく変わることになります。夫の細川忠興から一時的に離縁され、京都 丹後に幽閉されるなどします。その後、豊臣秀吉が大阪城を築城し、家臣の忠興も大阪城近くに屋敷を構えると、玉もその屋敷に住むことを許され、ここに移り住みます。


 細川忠興の屋敷は、今の森ノ宮駅からほど近いところにありました。小さな祠と、玉(ガラシャ)の辞世の歌「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」が記された石碑があります。
 玉は外出を制限されるなど不自由な生活の中で、お忍びで訪れた教会がきっかけで熱心なキリシタンとなります。玉は秀吉によりバテレン追放令(1587年)が発令された直後に夫忠興に内緒でキリスト教の洗礼を受け、「ガラシャ」の名を授かったとされています。
 1600年、忠興が徳川家康に従って上杉氏(福島県)の征伐に出征している間に、石田三成が家康に反旗を翻します。三成は忠興を味方につけるため、ガラシャを人質にしようと細川屋敷を取り囲みましたが、彼女はこれを拒絶し、自ら命を絶つことを禁じたキリスト教の教義に従い、家臣小笠原少斎の手により37年の生涯を閉じたとされています。


 石碑からすぐの所に、カトリック玉造教会があります。西日本を代表するカトリックの大教会で、おごそかな雰囲気が漂っていました。大聖堂の両側にそれぞれ像があり、右側が細川ガラシャ、左側がキリシタン大名高山右近の像となっていました。

 大聖堂の中は、礼拝が行われていない時間帯であれば自由に見学できます。高い天井、左右に美しいステンドグラス、正面にはマリアを描いた大壁画、その左右には、細川ガラシャと高山右近を描いた大壁画、そして後ろには大きなパイプオルガン。教会音楽がどこからか聞こえてきそうなたたずまいでした。
 大聖堂内は残念ながら撮影禁止でしたので、荘厳な雰囲気が伝えられないのが少し残念です。カトリック玉造教会ホームページ(https://tamatsukuri.ostk.catholic.jp/)には聖堂内のようすが感じられる写真もあります。(N)

 

 

2026年06月21日

a cappella(6/14)

梅雨の晴れ間に、来月の定期演奏会に向けて、アカペラ曲をおさらいしました!
​私はアルトのパート。他の声に耳を澄まし、コミュニケーションを取るように歌うことを意識しています。
​ソプラノ、アルト、テノール、ベース。それぞれのメロディーが織りなすハーモニーとリズム。人の声だけで紡ぐ響きの美しさは、本当にアカペラならではの醍醐味です。
​聴く人も歌う人も、いろんな情景が浮かぶような演奏を目指したい。全体が「ピタッ」と合わさった瞬間の、あの鳥肌が立つような心地よさを追求していきたいです♪(O)
練習曲:Greetings にじ色の魚 さびしいカシの木 多田武彦(鐘鳴りぬ、松径、春のうた)、僕の胸でおやすみ

 

2026年06月14日

一番好きな時間(5/31)

合唱団Rinteでは、ピアノ付きの曲も演奏会直前まではアカペラで練習します。今日は今年度の1回目のピアノ合わせ練習でした。
ピアノ合わせ初回練習というのがRinteでの練習の中で私は一番好きです。最後のピースがピタッとはまって音楽として完成するような感覚があります。あれだけアカペラで苦しんでいた曲たちが、どれもこれも立派に完成形として現れてくる・・・・本当にしあわせな時間でした。
夢の名残の歌詞に「さみしかないぞ かなしかないぞ」というのがあります。本当にさみしくない人は「さみしかないぞ」とは言わないのでしょうね。今はこの歌詞が心に沁みてきます。そんな、さみしさ・かなしさを抱えた心が少しほっこりするような演奏ができればと願っています。(S)
練習曲:22才の別れ・なごり雪・サボテンの花~青春の影・夢の意味全曲・PieJesu・Duetto e Coro

 

2026年05月31日

細川ガラシャの足跡を訪ねて(5/17)

細川ガラシャの足跡を訪ねて~長岡京市 勝竜寺城跡~

 千原英喜「Ave Maris Stella~花も花なれ、人も人なれ~」では、細川ガラシャの辞世の句がグレゴリオ聖歌や般若心経とオーバーラップして歌われます。そんな細川ガラシャのゆかりの場所に行ってみようと、長岡京市にある「勝竜寺城跡」に行ってきました。
 室町(南北朝)から江戸時代初期にかけてのお城だそうです。石垣くらいしか残っていなかったそうですが、復元されて当時のようすがしのばれます。


 「お城」のイメージからすると大変小さな城郭ですが、やぐらや堀もしっかりと復元されています。やぐらの中は博物館になっていて、城の由来や細川ガラシャの生涯がわかる展示がありました。
 明智光秀の娘、玉(細川ガラシャ)は、16歳で細川忠興と結婚し、2年間この城で過ごしていたそうです。城内には二人の像があります。



 幸せそうな二人の像ですが、明智光秀が「本能寺の変」を起こしたことで、正室の座を追われたり、反逆者の娘として幽閉されたりと、玉の運命は大きく変わっていったと言われます。そんな波乱の中で、彼女はキリスト教に救いを求めたのかもしれません。


城を囲む城壁も再現されていました。山崎の戦で秀吉に敗れた明智光秀がこの城に立てこもったそうです。娘の住んだ城を、父、光秀は、どんな思いで見ていたのでしょうか。

半日ほどの小旅行でしたが、細川ガラシャの歩んだ人生の一端が少しだけ見えたような気がしました。(N)

 

 

2026年05月17日
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