細川ガラシャの足跡を訪ねて(5/17)
細川ガラシャの足跡を訪ねて~長岡京市 勝竜寺城跡~
千原英喜「Ave Maris Stella~花も花なれ、人も人なれ~」では、細川ガラシャの辞世の句がグレゴリオ聖歌や般若心経とオーバーラップして歌われます。そんな細川ガラシャのゆかりの場所に行ってみようと、長岡京市にある「勝竜寺城跡」に行ってきました。
室町(南北朝)から江戸時代初期にかけてのお城だそうです。石垣くらいしか残っていなかったそうですが、復元されて当時のようすがしのばれます。

「お城」のイメージからすると大変小さな城郭ですが、やぐらや堀もしっかりと復元されています。やぐらの中は博物館になっていて、城の由来や細川ガラシャの生涯がわかる展示がありました。
明智光秀の娘、玉(細川ガラシャ)は、16歳で細川忠興と結婚し、2年間この城で過ごしていたそうです。城内には二人の像があります。
幸せそうな二人の像ですが、明智光秀が「本能寺の変」を起こしたことで、正室の座を追われたり、反逆者の娘として幽閉されたりと、玉の運命は大きく変わっていったと言われます。そんな波乱の中で、彼女はキリスト教に救いを求めたのかもしれません。
城を囲む城壁も再現されていました。山崎の戦で秀吉に敗れた明智光秀がこの城に立てこもったそうです。娘の住んだ城を、父、光秀は、どんな思いで見ていたのでしょうか。
半日ほどの小旅行でしたが、細川ガラシャの歩んだ人生の一端が少しだけ見えたような気がしました。(N)